悟りとは、差を取ること

私は、特別悟りたいなどということは考えていない

俗っぽい生き方を続けていたいと思っているし

悟ったから「なにがあるの?」という考えの持ち主だ

 

そんな私でも、悟りっぽい境地に達したことはある

 

 

「なにが起きてもOK」

 

そんな気分になった

 

でも、すぐに元の状態に戻りました

 

なぜ元に戻るのか・・

そして、たまにやってくるあの感じはなんなのか・・

 

悟つもりはないので・・ほっておいている状態です・・

 

どこかのブログに悟りとは、差を取ることなんて

書いてあった

 

うん・・すばらしい

その通りだとも思う

 

悟りって空の状態のととを言うのだろうか?

 

そのあたりがよくわからない

感覚の世界

 

でも、差と取ることが悟りの一部であるのは

間違いない

 

 

女性なんかだと、まわりが結婚しだすと

焦る

 

一人、二人と次々と結婚し

出産しだす

 

でも自分は、まだ彼氏すらいない

 

気持ちは、わかりますよ

 

 

でも、ここで比較したらダメ

 

自分は、自分

 

その気持ちを持つ

強い気持ちを持つと逆につらくなる

 

ほっておく

いまの状態を肯定する

 

結婚することは、いいことでも悪いことでも

しないといけないものでもない

 

時期が来れば、できるし

できなくてもいいということを肯定する

 

いまは、色々あるから

絶対焦らないこと

(いつの間にか結婚できない人の相談になっている・・)

 

 

ようは、意のままに任せる

 

結婚した人間がみんな幸せになれるとでも?

旦那デスノートを見てみるがいい

 

 

何事も両面がある

 

結局そこなんだよな

そして、執着するとつらくなる

 

私は、悟りなどという崇高なものに

なにか望んでいるわけではない

 

 

ただ、差を取る

 

この考え方はものスゴク好きだ